the world according to sugi

誰かによって一度でも考えられたことは、この世界のなかで実現される可能性をもつ。それは、強く思えば願いは叶う、ということとは違う。おそらく、個人という単位においては、願いは多くの場合、現実的には叶わない。人は失望とともに生きる。しかし、誰かが願ったことは、別の誰かにおいて叶えられる可能性が生まれる。これは別にオカルト的なことではない。誰かが何かを考え、それを願い、その願いが別の誰かへと受け継がれることで持続すれば、それは実現の可能性をもつ。あるいは、誰かによって一度でも考えられ得たことは、それが途切れ、忘れられたとしても、いつかは別の誰かによって再び考えられるだろう。希望はあるが、それはわたしのものではないとカフカが言ったのは、おそらくそういうことではないか。

2009-10-14 - 偽日記@はてな
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