…いっぽうで、ソフトウェア“開発”手法のほうは、今後もあいかわらず いかがわしい似非科学のままだろう。新山は (馬鹿にしつつも) これまでわりと いろんなソフトウェア開発に関する文献を読んでみたのだが、どれも感心しない。 どれも「手法」などと呼べるほどマトモなもんじゃないのだ。 こいつらは「必ず unittest を先に書きましょう」とかいう教条主義になるか、あるいは曖昧すぎて ただ意味のない儀式をくりかえすだけの密教になる。ようするに、どっちもまだ“宗教”のままである。 これは政治における「なんとか主義」という分類と似ている。『共産主義』とか、 『新自由主義』とか、『社会民主主義』とか、名前はついていても、それらはあくまで茫漠とした 方針もどきにすぎない。具体的に個々のケースでどのようにポリシーを策定するかは、 結局のところ莫大なデータと細かい分析によって変わるのだ。にもかかわらず、 「××主義」という名前だけが一人歩きして、特定のカリスマ的人物の言ったことを “信奉”する頭のキチガった人々が世の中には多く存在している。 ソフトウェア“開発”手法もこれと同じ。こっちは、しばらくは (あるいはもしかすると永久に) このままだろう。ちょうど政治のそれと同じように。
– 2009/10 (b)